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テレビ市場の変遷 - 2 -:国内勢の後退と中国メーカーの躍進(12-25年)

揺れる国内勢と相次ぐ中国メーカーの参入(12-18年)


メーカー別販売台数シェア(12-18年)
メーカー別販売台数シェア(12-18年)

 地デジへと切り替えが終了し、メーカーの明暗はより鮮明になっていく。まず、05-11年と同様にシャープの独走状態が続いたものの、以前のように4割近いシェアを維持することはできなかった。14年の40.1%をピークとして徐々に低下、価格競争が長期化し、収益構造が悪化していく。16年3月には鴻海(ホンハイ)傘下に入り、再建の道を歩むことになった。


 東芝は15年に粉飾決算問題の発覚をきっかけに、同年12月には自社でのテレビ生産から撤退。これによりソニーとパナソニックに再び抜かれ、シェアは4位に落ち込んだ。一方、11年に日本市場へ参入したHisenseは、12年の0.7%から順調にシェアを拡大し、18年には10.2%と2ケタに到達。同年2月、勢いのあるHisenseグループへ東芝映像ソリューションが譲渡された。


 プラズマテレビを牽引してきたパナソニックは、13年10月にプラズマテレビ国内生産から撤退。14年には約2割のシェアを確保していたが、プラズマテレビ撤退後の体制移行もあり、18年には16.8%へと減少していく。


 ソニーも価格競争の影響で13年には9.1%とシェアが1割を割り込んだ。しかし14年に方針を転換し、「台数ではなく利益を重視」する戦略へシフト。4Kモデルや高付加価値機種を強化した結果、シェアは回復に転じ、18年には15.8%でパナソニックに迫るまで回復した。


推進力失う国内メーカー、躍進する中国メーカー(19-25年)


メーカー別販売台数シェア(19-25年)
メーカー別販売台数シェア(19-25年)

 最後に19-25年のメーカーシェアの動きをみていく。05年から首位を維持していたシャープは、ついに22年にTVS REGZAに首位の座を譲ることになった。シャープは20年5月に有機ELテレビを発売、国内大手では最も後発の参入となった。TVS REGZAは21年3月に東芝映像ソリューションから社名変更し、その翌年には首位を獲得した。18年のHisenseへの譲渡からわずか4年での逆転である。


 Hisenseも大きくシェアを伸ばした。19年に11.2%だったシェアは25年には16.6%へと5.4ポイント増加し、ソニーとパナソニックを抜き3位に浮上した。もう一社の成長株がTCLだ。同社は17年に日本のテレビ事業に参入し、19年のシェアは0.9%だったが、25年には10.2%まで拡大。Hisenseに次ぐ4位のメーカーへと成長した。


 一方、パナソニックとソニーはこの期間で大きくシェアを落とす。パナソニックは19年に17.7%だったシェアが年々低下し、25年には8.3%まで下落。21年には液晶パネルの生産を終了し、テレビ事業の一部をTCLへ生産委託している。ソニーは19-21年にかけてシェアを伸ばし、TVS REGZAと2位争いを繰り広げた。しかし22年以降は低下に転じ、振るわず。ついに、26年1月にはTCLと合弁会社を設立する方針を発表した。


 19-25年はHisenseとTCLの躍進が目立ち、中国メーカーが存在感を急速に高めた時期となった。さらに、SKYWORTHも25年2月に日本市場へ参入し、11月には本格的に参入した。25年のシェアは0.4%と小さいものの、26年2月にパナソニックはSKYWORTHへ欧州・北米でのテレビ販売を移管するパートナーシップ契約を締結した。日本メーカーは中国や台湾メーカーへと収れんしていく構図が鮮明になってきた。(BCN総研・森英二)



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